今日のワッキー

ちょっとの時間の手間をかけたいけれど

「めんどうくさいなあ」
実際に口に出しているかはあまり意識していないが、割りと言っているほうだと思う。人間だから、生活をしていて、面倒に感じることはあるよね。たぶん、犬猫が面倒を感じていないのは、それだけ彼らに「よゆう」ってのがあるからだと思う。人間は暇な時間があっても、それは「よゆう」があることにはならないよね。人間って本当にめんどうくさい。

もう大体のひとは意識せずとも気がついているけれど、面倒だなあと思うことの、実際の所要時間は大したことない。やってみたら案外すぐ終わったり、終わった後の爽快感もそれなりにあって、悪くないなと思うことも多い。けれど、次するときはまた「面倒カテゴリ」というカゴに入っていたりするんだよね。それでまた渋々取り掛かったらそれなりに爽快な気分になる。あれ、もしかして僕ってばかなの?なんて思ったり。

ある周期で繰り返してしなければならないことは、やはり面倒に感じることが多いので変化をつけてみるだとか、効率化してみるだとかいろいろ言われているけれど、結局はそれらも飽きてしまって、いずれ「一定周期に一定のことをする」か、「やめる」ようになる。繰り返しが苦にならなくなったら、それは立派な習慣になっている。

なぜ、そんなに時間はかからないものの方が面倒に感じるのかということだけれど、むしろ、5分10分が一番面倒に感じる時間なのかもしれない。1時間とか半日かかるものだったら、それなりに気合を入れたりするものだからね。やらねばならないものが、やりたいことの妨げになってるかどうかとかはあまり関係がない気がする。あまりに暇でもそれはそれで何もしなかったり。

もうこれは運命に決められたものなんだと思うようにしている。
・君が面倒なのは上司に承認を取りに行くことと洗濯物を畳むのと乗り換えをすること!
・あなたが面倒なのはお釣りを数えることと色を塗ることとトマトジュースを作ること!
・おまえが面倒なのは階段を登ることとネジを締めることとボールを取りに行くこと!
ってな感じで。

でも大抵はほかのにんげんと面倒に感じることは共通している。たぶん、そういうことをきっちりやっていくにんげんが、将来出世したり信頼を得ていくんだろうなあ。僕はというと、やることを大体「めんどくさい」とあえて言って、みんなのなかでそのことのハードルをあげる。それから、それ取り掛かるんだ。なんともださいね。宮崎駿監督とは天地の差だと思うんだよねえ。