今日のワッキー

車を擦って気づくこと

昨日、会社の車を擦ってしまった。駐車するときだった。
駐車によって狭い道路を塞いでいて、車が向こうから来ていたので、あーもうこれはむりだ擦るなあと、焦りながらも半ば諦めの境地でいたんだよね。

会社の横の駐車場での出来事だったので、結局私は会社に電話をかけ、車を救出してもらった。なぜ救出してもらったかというと、前方後方、同時に擦っていて立ち往生していたからだ。同時に擦っているなんて、これはもうイリュージョンかなにかだと思ったよ。自分でもどういうこと?って思ったし、車を救出する時に会社の人もどういうこと?って顔をしていた。自損で車以外にケガはなかったので、そこは安心して欲しい。車、ごめん。

ちょっとだけ言い訳すると、駐車がかなり難しいんだ。駐車できる人も、何回も切り返して後輪やらミラーやらをぶつける寸前までもっていって、やっと駐車しているんだよね。じゃあ、チャレンジする前にヘルプしてもらえっ

 

と、後日談だから冷静でいられるけれど、車に傷をつけるというのは心に来るものがあるよね。自分が持っている車だとしても、お金のこととか、持っていく手間とかだけ考えればいいわけじゃない。またぶつけたら、それが対人だったら…とか考えちゃうととてもこわいし、自分には運転の技術がないんだと思い知らされたりする。車の所有者が自分以外だったらもうてんやわんやだよ。

これで自損事故は記憶にある限り4回目だと思う。免許取りたてのときに、たて続けに車に傷をつけた記憶がある。まあ、それなりに運転しているひとはみんな、経験しているものなのかなあ、なんて思うけど。

4回目だからとか関係無しに、今回気がついたことがある。それは、自分は周りの反応や環境に流されやすいということである。もはや薄々感じていたことではあるけれど。

まず、車の管理者に報告したとき。まあ、僕の上司にあたるのだけど、上司は普段から怒らないので(不機嫌になることはしょっちゅうだけど)、そこはなんというか、助かった面もある。難しいんだよ、と駐車の仕方を教えてくれもした(もう運転したくない)。
加えて、出発する時に「ぶつけたら連絡しマース」と上司に軽やかに言ったのを聞いていた人が、ほうらとばかりにこっちを見ていたとき。僕をいじるようなその表情も、事を軽くしてくれたと思っている。

そしてもうひとつは、すぐに別のことをする必要があったこと。別の場所での仕事(というか勉強?)があり、幸いにも頭を使うことだったので、気持ちの切り替えをせざるを得なかったのだ。僕が過ぎた自意識を持っていただけであって、みんなは僕が社用車に傷をつけたことなど半ばどうでもよいことだと思ってくれているんだ。

これらのことがなかったら、僕はまたいつものようにうじうじ駐車のことを考えては萎えていたというのは、想像に難くない。

 

ところで、自分に非があった時、みんなはその非をどう消化しているのだろう。相手が気にしていないから自分も気にしないようにするという受動的な消化とか、起こった事は仕方ないとすぐに切り替えるという能動的な消化とか、そもそもあの駐車スペースが激せまなのがよくないという非を認めないものとか。

いろいろあるけど、いずれにしても引きずりすぎないということは、大事だなあ、と思った。