今日のワッキー

みんなの好きなものの「深さ」

ハンバーグが好きならハンバーグを毎日食べるのか、それともステーキも好き、生姜焼きも好き、と派生していくのかということかなあ。

高校に入ってバンド活動を始め、大学もそのままバンドサークルに入った。僕は技術面でとても不安があったけれど、というか今もあるけれど、まあそれはギリギリなんとかなった。苦手なところはごまかしごまかしやっていくことが身についてしまっているんだよね。
それよりもビックリしたのは、みんなの好きなものの「深さ」。
高校の時は、どのバンドが好きかとかいう話は、主にバンドメンバーの間でしか話題にならなかった。話題にならなかったというのは少し語弊があるけれど、同じ時間を過ごすことが多いので、必然的に深く話し込むことがあったということだ。
今思えば、その時からみんなの好きなバンドに対する深さにびっくりしてたかもなあ。
というか、深さの質が違うというか。

僕も、好きなアーティストは当時からいた(それはもう妄信的に、いた)。僕の「好き」は、「すべてを知りたい」ということと同義で、彼や彼らが今まで出してきた曲はシングルのカップリングまで全てを知り、新曲が出るとなったら発売日前日の夕方に手に入れなければ意味がないとさえ思っていた。
更には、エピソードなども知っておきたいという欲を満たしたかった。森山直太朗なんて顕著だと思う。彼の身の回りのエピソードなんていうのも知りすぎたため、テレビで話していることはだいたい知っていることだったりした。

それが、バンドサークルだと少し勝手が違っていた。
サークルのみんなも、好きなアーティストはそれぞれいたみたいだった。だけれども、そのアーティストのみを掘っていくだけではなく、そのアーティストが影響を受けた人たちにも触手を伸ばしていって、そのルーツとなるアーティストも好きになっていっているように見えた。みんな、どんどん好きなアーティストの時代が古くなっていっているような。

思い違いかなあ。でも僕が感じたのは、そんなようなことだった。

たしかに僕は、好きなものがあればそれのみに没入していくきらいが昔からあった。それは音楽だけではなく食べ物や漫画もそうだ。例えば黒糖も小学生の頃は食べ過ぎたし、チキン南蛮だってそうだった。『ピューと吹く!ジャガー』だって、コマを一つだけみたら何の話か言えるくらいに読みすぎた。一つの穴だけを掘っていたのである。

だけど表現をしていく上では、色々なものに触れるのが大事なのかなあと、最近特に思う。研究者になるなら狭く深くで良いし、ただの物知りで良いなら広く浅くで良い。だけど、表現をする立場にあるなら、「広く深く」。時間がかかることかもしれないが、目指してやっていきたいぞ。