今日のワッキー

音楽を聞かなくなった

最近、通勤中にめっきり音楽を聞かなくなった。通勤中やることができたからに他ならないのだけれど、高校生になってからというもの、ひとりで電車に乗る時や歩いている時は大抵音楽を聞いていたので、習慣も何かに追われて突然終わるものなんだなあ、と思った。

僕は同じアーティストを延々と聞いていられるタイプなので、People In The Boxなんて高校の時から最近まで聞いてたし、頻度でいえば森山直太朗だってそれに匹敵するくらい聞いている。まあ、全く聞かなくなったわけではなくて、外に出る時にイヤホンを持たなくなったということなのだけど、やっぱり小さいスピーカーで聞くのと、就活が終わった自分へのお祝いで3万円したUltimate Earsのイヤホンで聞くのとでは聞こえる音が違うので、そういう意味ではやっぱり音楽を聞かなくなったと言うのが正しいんではないかと思っている。
後生大事に今まで使っていたそのイヤホンなんて、本体の一部が破損したまましまい込んでしまっている有様だ。

外に出る時に音楽を聞かなくなったということは、プレーヤーに音楽を入れなくなったということなので、新しいバンドやらなにやらを発掘することもなくなっていった。最近いいと思ったのはPUNPEEの「タイムマシーンに乗って」くらいなもんだ。

そういえば、一応真面目な理由で音楽を聞かなくなる前、会社から帰ってくる時は専らラジオを聞いてたっけ。それも、若者がお熱なオールナイトニッポンとか芸人のpodcastとかではなく、西武ライオンズのラジオ、ライオンズナイターである。文化放送がライオンズの試合を日曜以外のほぼ毎日放送してくれるのは大変ありがたいことだった。スポナビで一球速報を観るのもいいがイマイチ臨場感に欠けるし、rakutenTVで観るには通信速度と通信量に心配のないスマホの買い方をしなければならなかったので、タダで聴けるラジオにシフトしたわけだ。これがまた、試合を観に行っているような感覚になって面白い。街のおじいちゃんが競馬をラジオで観るのとおなじかな。
こうして、徐々に音楽が他のものに取って代わられていった。娯楽ってそういうもんかね。

先日Amazon primeで「千鳥の相席食堂」を観ていた時、桜が映るシーンで森山直太朗の「さくら」が後ろでながれていた。BGMなので音は小さかったが、僕にとって少し間隔が空いていたので、期せずして聞いてその歌にちょっと感動してしまった。いやもう何百回と聞いているし、「さくら」が流れたシーンなんて感動する場面でもなんでもないのに。ノブが「森山直太朗を流しゃええと思うなよ」的なコメントをしてる時だぞ。
とはいえ、森山直太朗の歌唱力によって僕は音楽を聞かなくなったことに気がついたのである。

来る6月には、NHKホールで森山直太朗のライブがある。去年出た新譜を本当は聴き込まなければならないが、あまり聞かないまま行くのも、僕の中で曲が聞き古されないで済むかなあと都合よく解釈している。。