今日のワッキー

年を感じる年齢

いつの日も、「この年齢になったらさすがにおとなだ、たいへんだ」と思う年齢がある。たとえば小学校低学年の時は、届かないところが届くようになる、低いところがもっと低く感じるようになる年齢を待ち望んでいた。電車の吊革や網棚、押し入れの天袋、エレベーターのボタン、洗面台などである。中学生なると早く一人前になりたくて、高校生になりたかった。

が、ある時を境に、この年齢に到達したらもうおとなの中のおとなだと思うようになった。年齢を重ねるプレッシャーとでもいうのだろうか。この年齢になったらこれはしてはいけない、あれはしなければならないと刷り込まれていたからなのかはちょっとわからない。4つ上の兄がいるので、その年齢に到達するのがとんでもなく未来で、でも割とすぐにやってくるという焦りみたいなものがあるのかもしれない。

高校生までは、だいたい自分たちが最年少だった。
スポーツ選手はこの頃から話題になったりもするが、脂が乗るのはまだまだ先。バンドをしていても、共演者は大抵年上だったし、高3になったら年下が2学年もあるというのも杞憂で、そのときはそのときで大学生やそれ以上の人たちがわんさかいた。

そんな感じで、18の時は、21歳はもうおとなだと思っていた。大学生になって成人もしている。自分で稼いだお金で暮らすなんて、立派なにんげんではないか。おれもにんげんになれるのだろうか。と。

だが実際に21になってみると、なんてことはなかった。絶対的な先輩もいるし、そのころは社会人とも接する機会があったりしたからだ。テレビで見るホットな人も、24,5歳が多かったように思う。僕なんてまだラムネ菓子を頬張る若造だった。
だがやはり、24歳は特にやばいと思っていた。もう20代中盤に差し掛かる頃だ。自分の意思を表さなければならない。二本足で立ったり歩いたりしなければならないし、代わりにあまり座ってはいけないのだ。みんなどういう気持ちで24歳を生きているのだろうと、不思議に思っていた。

まあ、もうわかりきった流れだけれど、24になってもまだまだ若造だった。ラムネ菓子はまだ食べてるし、楽しみといえば帰ってゲームをすること、ご飯を食べることくらいなもんだ。一部のスポーツ選手は同世代で海外に活躍の場を移していたりしていたけれど、それもまだレアケースで、なんなら誇りにさえ思っていた。

この頃から、すこしずつ鈍感になっていっているのかもしれない。

一応、26歳はいよいよやばいぞと思ってはいたものの、まあそりゃ誰だって26にはなるし、26にもいろんな26があるだろうよと、そんなような境地にいた。テストマッチとはいえ原口元気がスタメンの最年長だったのは少し驚いてしまったし、源田や外崎が今の西武を支えていると思うと身の引き締まる思いはする。森山直太朗だってさくらを作った年齢だ。だが、俳優でも作家でも医者でも落語家でも、26歳はまだまだ生まれ落ちたばかりの小僧である。そう思うと、どんな年齢でも若造だし、また習熟していなければならない場合もあるのだなあと思った。
政治家なんてまだ生まれていないパターンの方が多いもんね。

そんなこんなで、今自分の年齢に興味がなくなりつつある。自分の年齢を聞かれて考えてしまう場面が増えた。牛歩で健康が保たれなくなってくるのは憂慮すべきだけれど、それを除けさえすれば、20代よりあっという間と言われる30代,40代も好奇心を持って過ごせるのではないかと、少しずつ思い始めている。