今日のワッキー

自分が今やりたいことを共感し合うこと~昨日の『今日のダーリン』~

人と違うことがしたいとか頭の中でぬかしつつも、僕はやっぱり第一線で活躍している人に似たいのだな、と思った。
「日刊イトイ新聞」の、昨日更新の『今日のダーリン』である。
因みにリンクを貼ったけれど、今日の「今日のダーリン」が10時過ぎに更新されたら、それまで今日のダーリンだったものは昨日の今日のダーリンとして今日のダーリンの下の方にリンクが貼られているので注意だ。昨日の今日のダーリンは明日になれば一昨日のダーリンになるわけではなくほぼ日株式会社のストレージに残るだけで、閲覧者が見る今日のダーリンには登場しなくなってしまうよ。

 それはそれでいいのだけれど、その枠から逸脱して、
「どうしてそんなことはじめるの?」と、
あらためて訊きたくなるようなことに
手を付けたがるというのは、
「それでこそあんただ!」といっしょに笑いたくなる。

(中略)

・ちょっと久しぶりに会ったともだちと、
「人のアイディアとか表現に嫉妬する?」って話をした。
ぼくも、ともだち(初対面のふたり)も、
もちろん「もちろん」という答えだった。
あの嫉妬こそが、経験の代理になっているのではないか。

前半5行のような両者を目指している。聞き手にも話し手にもなりたいということだね。常に好奇心で満たされていたいし、発信していたい。それを観ているひとが100人,1000人と増えていくと、僕はますますそれ一本で生きていく必要が出てくるのでありがたい話なのだけれど、まずは、ね。
バンドは10年近くやっているのに、練習嫌いが手伝ってちっとも上手くならない。もはやあきらめの境地にすらいる。だけど、何かを表現する気持ちよさみたいのは、バンドで多くを経験させてもらった。それを気づかせてくれた仲間と僕のラッキーにはとても感謝だ。

種を蒔きっぱなしで芽が出る前にやめてしまったけれど、podcastでネットラジオを2種類していたし、M-1にも出てみたことがある。こうしてブログまがいのものもほそぼそとやってみている。表現する気持ちよさみたいのを、僕はずーっと感じていたいのだと思う。たぶん、それに芽が出てつると根を伸ばし、大きく育っていけば、ことさら喜びを感じるんだろう。承認欲求の権化だね。ちなみに、承認欲求は表に出ると見ていてこれほどうっとうしいものはないけれど、ひた隠しにしている分には、謙虚だなあと思われるから要チェックだよ。

そして後半5行に共感し、みんな原点は同じなのかとほっとした。全く較べるべくもないけれど、映画とか演技とか、スポーツだって、良いものをみて「ようしおれもやるぞ」という気持ちと、「なんでそれをしちゃうんだよ…ずるい」という気持ちになる。自分のカテゴリーとは関係ない。そういう経験が、今日明日の血肉に間違いなくなっている。第一線のひとたちも、僕のような第三十七線くらいにいるひとも原点はおなじなのだ。これほど勇気を与えてくれることもない。

あとは、自分の今いる環境に満足しないことも、とても大切なことのように思う。最初の打席でヒットを打っても、それがもしツーベースでもタイムリーでも、自分の尺度で満足してはいけないんだ(と、自分に言い聞かせている)。そういう意味では、ライオンズのドラ7の佐藤が、昨日2本目のヒットを打ったことは、とても良かったことだと思う。

それはともかく、自分の置かれた状況を打破していこうとする姿勢は、意外と周りの共感を生んで巻き込み、ぜんたいの大きなうねりになることがある。まあ少し盛っているけれど、何も起こらないと思っていたところ思わぬ展開になったりはする。そういう運ばれてきたチャンスみたいなのを逃す手はないし、「チャンスが巡ってきた」ということ自体にも敏感でありたい。今日あの人は少し気前がいいとかわるいとか、少しだけ椅子を低くしているとか、キーボードを叩く音が1dbだけ大きいとか、そういうところからね。