今日のワッキー

冷蔵庫の大きさってだいじだよね

なんだかあたり前のことを言うけれど、料理をするには冷蔵庫が必要である。自炊がなかなかできない人は、この事実を咀嚼できず、故にアミラーゼも分泌出来ていない。ついにどうかしたと思われたかもしれないが、僕は小学2,3年あたりからどうかし始めているので、何も心配はない。

冷蔵庫は、単に食料を保存しておくためにあるものにとどまらないということである。食料を保存しておくということは、これからも料理をし続ける使命を与えられるということだ。料理をし続けるには、ある程度の種類の食料と、それらの量が必要になってくる。そうすると、冷蔵庫の質も自ずと高いものを選ぶことになるかもしれないね。ああそういえば、それなりのキッチンも構えていなくちゃいけない。コンロが何口あるとか、調理スペースが十分あるだとか、そういうことも関係してくる。

こうして、料理をし続けるということは、ある程度のスペースと冷蔵庫、そしてなにより時間が必要になってくる。ハードルはなかなか高い。ただ単にいい冷蔵庫を買うだけでは済まされないのである。ようし料理をするぞ!と口で言ってみたはいいけれど、揃えておかなければならないものはたっくさんある。

これをやろうという意思は立派だけれども、行動を伴わせるには準備がいることが多い。たとえば「週になんかいはランニングをしよう」と思っても、周りの目が気になる人はランニングウェアを手に入れなければならないし、水分補給はどうしようとか、コースはどうしようとか、いろいろと考える必要がある。そもそも、走るための時間を確保しなければならない。会社勤めの人は仕事の効率を上げていくことになるかもしれないし、フレックス制だったら働く時間を変えることになるかもしれない。外堀から外堀から条件を満たして、さあやっとランニングができる体制が整ったぞと思えば、寒い時期に入ったりしてね。

これを書いていてふと気がついたけど、僕は外堀から埋めるのが割と好きかもしれないと思った。中学生の頃から、ハンゲームで五目並べをしていたからだ。文字通り、自分の駒を五つ並べれば勝ちという単純なゲームだけれども、勝つためには駒の並べ方というものがあるし、それを並べるためには相手に気付かれないように駒を打っていかなければならない。これこそ準備というものだとおもう。

気をつけなければいけないのは、準備がととのった達成感だ。環境を自分で整わせると、おれやったぞという気持ちになりがちだ。手段が目的になってはいけない。なぜランニングをするのか、ランニングをしてどうなりたいのか、ランニングをして得られたもので、なにをしたいのか。ここまで考えて初めて、意思というものが出来上がると思う。
だから自炊も、なぜ自炊をする必要があるのかということから、考えなくっちゃあいけないよ。

ちなみに僕の行動の大半は、承認欲求からきています。