今日のワッキー

僕はおしゃれがわからない

ぼくはおしゃれがわからない。かれこれ大学時代からの悩みだ。当時は、誰それの格好がおしゃれかどうか判断がつかないという有様だった。
たまに雑誌を買っていた記憶はある。でも今思えばそれはトレンドを追っていただけであって、その人に合う、ぼくに合う、というのがやっぱりわからなかった。わからなかったというか、トレンドになっているのがおしゃれだと思っていた節があったかもしれない。
だから、アイツはこういう感じの服を着ているというイメージがわくと、すごく羨ましくなる。なんだもうそれ、ずるいじゃん似合うじゃんである。

今はなんとなく、あれがキャベツであれがレタスくらいにはわかるようになった。昔は「あの人おしゃれだよね」という言葉に対して、「あ、うんおしょれ」というまごついた返答とともに、(あれがおしょれなのね)と、ぼくのなかのおしゃれパターンを造っていったのである。あー、うそだ造ったわけではないですね、コピーしていったのである。
だから未だに、ぼくのなかのおしゃれ価値観というものは無い。「この人がおしゃれ」と思う時は、「いつだったかアイツが言ってたおしゃれ」なのだ。

色についてもあてはまる。小学生低学年はみんな紫が好きという固定観念があったので、ぼくの色に対する意識は低いままだった。高校でバンドを組んだ時、すごい友達がターコイズブルーのギターがカッコイイ、欲しいと話していた。おーたしかに。他には見ないしな。かっこいい。
こうして僕はターコイズブルーが好きになった。

ほどなくして、なんとなく表現しづらい色がおしゃれなのだということに気がついた。誠に流されやすく、うがった考えの持ち主である。
昨日、妻と東京駅構内を歩き、山手線と京浜東北線のホームに向かっている時、「山手線とか京浜東北線の色、なかなかいいよね。ライトで表してもなんかかっこいい。おしゃれ。」というと、同意してくれた。ぼくは調子に乗って、「一方メトロは”この色!”っていうベタっとしたものが多い」と言ったが、それも同意を得ることが出来た。(唯一銀座線がいい色かなあ、あでも日比谷線もなかなかいいグレーだ)と思っていたところ、妻が「唯一そういうベタっとしてないのは銀座線だよね」と言ってくれたので、ぼくはああ良かったと思った。

この話にオチはない。ぼくはいつも真剣なのだ。
ぼくの色に対する(だれかにつくられた)価値観は、間違っていなかった。

つまりだ。僕の着る服、選ぶ色は、誰かが思うおしゃれでしかなく、そこに僕の確固たる自信はあんまりない。服のみならず、考え方とか話し方なんかも、誰かのを拝借したりしているだけなので、ほんとうのぼくはどこへ?となる。もちろん答えなんてなく、少しずつ誰かの何かを拝借して、自分だけの色を出していくのが、ぼくというものなのだろうけどね。