今日のワッキー

一週間が短くて

さて、この1週間は久しぶりに短いと思った週であった。なんでそう感じたのかは単純明快。仕事の中身がいつもより濃かったのである。

中身が濃いというのは、割と嬉しいことだと思う。読む本や聞く音楽かいつまでも面白いと感じ、時間の概念を忘れることが出来たら、それは濃い時間を過ごしたということだ。誰かと会っている時もそのような感覚になることは多々ある。そういう時は、自分が感じている時間と外で流れている時間の差がとても開く。

しかし、お尻が一応決まっているシゴトは、自分が外の世界の時間とは違う流れの中にいることを楽しみにくい。納期まで休みなくダッシュで走っているからだ。納期が後ろから迫っているのではなく前方にあり、そこに向かって否が応でも走らされているのがポイントだ。ほんとは歩きたい。丁寧にシゴトを終わらせたいのに、飛び降りながら飛行機を作らされているような感覚だ。にんじんすら目の前にない。今日僕の机にあったのはカンロ飴だけであった。しかも昨日、ひとつ取られた。

仕事には妙な魔法がある。働く内容に関わらず、たくさん働くと一定の満足感があるということである。実際、ある一定の時間数を超えた残業があると、人は転じて満足感を得るということがわかっているらしい。ワーキングハイとでもいうのだろうか。まっっったく迷惑だ。「はたらけどはたらけど猶わが生活楽にならざり」とまではいかないが、おまんまくいっぱぐれないように今は働いているだけであって、それで満足感なんて、こちらから御免だねっ。

薄いよりは濃い方がいいじゃんなんて思う人がいるかもしれないけれど、果たしてほんとうにそうだろうか。毎日いくらの醤油漬けは食べられない。もしかしたら毎日そういうものを食べている人もいるかもしれないけれど、のちのち体がぎゃあと言うのは分かりきっていることだ。それとおんなじで、仕事もメリとハリが必要だ。たまには、薄味でもしっかり完成された味のする茅乃舎の出汁で作ったうどんも食べたい。ほんとうは、仕事も得意で、いつも自分と世界の時間の差を楽しめたら一番いいんだけど。

だから、今週みたくたまにちょいと忙しいのが、私にとってはとても良いのである。

あでも、野球は毎日濃い試合でいいよ。選手、監督はつかれるかもしれないけれど、一応興行だからね。毎日ボロ負けボロ勝ちも味気ないよ。因みに去年の西武は逆転勝ちの回数がとーっても多く、僕は非常に満足した1年を過ごしたのでした。投手もがんばれ!